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Pepin
コラム2026-04-062026-09-27約7分で読めます
ソロプレナーキャリア独立

編集者からエンジニアになり独立するまで

書いた人 個人開発者 / ソロプレナー

編集者からエンジニアになり独立するまで
編集者からエンジニアになり独立するまでのイメージ

はじめまして、Pepin の SHIN(大島慎平)です。わたしは2012年にライター・編集アシスタントとして働き始め、2016年に編集者からエンジニアへ転身しました。編集の会社で2社、エンジニアとして5社、合わせて7社で働き(転職は6回)、2026年1月に Pepin を開業して、3月から専業で Shopify アプリを1人でつくっています。

文系出身で、転職も引越しも多いキャリアです。そんなわたしが信念にしているのは、「自分に嘘をつかない」ということです。なぜ編集からエンジニアに移ったのか、どうやって移ったのか、独立してからどう暮らしているのかを書いていきます。転職やキャリアチェンジに悩んでいる方に届くとうれしいです。

この記事は、2026年4月に書いた自己紹介を、専業7か月目の2026年9月に書き直したものです。以前は別の記事にしていた「1日の過ごし方」も、ここにまとめました。

編集の仕事はどう始まった?

大学を出たあと、ワーキングホリデーでカナダのバンクーバーに1年いました。皿洗いから始めて、やがてキッチンにも入るようになり、帰国する前にはバンクーバーからニューヨークまで、アムトラックで50日かけて移動しました。

日本に戻ってから、神戸の小さな編集プロダクションでライター・編集アシスタントとして働き始めました。2012年のことです。雑誌やフリーペーパーの取材と執筆が、わたしの最初の仕事でした。もともと本を読むのが好きで、出版や編集の仕事に就きたいと思っていたので、毎日が楽しかったです。

1年ほど働いて仕事にも慣れてきたころ、カナダから戻ったときから抱いていた「もっと大きな場所で働きたい」という気持ちが強くなりました。そこで東京の編集プロダクションに移り、2年半ほど、編集やライティング、イベントの企画に関わりました。

なぜ編集者からエンジニアになろうと思った?

東京で働いていたころ、自分のキャリアに迷っていました。編集の仕事は楽しいけれど、ワクワクが感じられませんでした。

その会社ではサイトの更新も任されていて、HTML と CSS を触っていました。Web に興味を持ち始めたのは、このころです。

そんなとき、あるiPhoneアプリが医療の世界を変えたという記事を読んで、 「これだ!」 と感じました。ITの力で世の中がよくなっていくのを実感した瞬間で、ここからわたしのキャリアは大きく変わります。

編集者からエンジニアへ、どうやって移った?

まずは働きながら、プログラミングの勉強を始めました。ところが、これがまあ、意味がわかりません。言語の文法を覚えても、それで何をどうつくればいいのかが見えてきませんでした。何もわからないまま、Java を独学していました。

とにかく未経験でも入れてくれる会社を探して、無事に内定をもらいました。ところが入社の3日前に、まさかのことが起きます。人事の方から「マーケティングの部署に来てほしい」と言われたのです。

理由を聞くと、最終面接に同席していた方がマーケティングの事業本部長で役員の方だったらしく、その方の意向で「マーケティングの部署にほしい」と推されたそうです。

わたしはエンジニアになりたくて、すでに会社を辞めていました。なので、お断りしました。ちなみに記事や SNS、SEO での集客は、結局、独立してから独学することになります(その話は エンジニアがマーケティングを学んだ話 に書いています)。

そしていきなり、無職になりました。貯金も多くはなく、焦っていました。

とにかくスキルを身につけようとネットで探していたら、1か月10万円で通い放題というプログラミングスクールを見つけました。すぐに説明会に行き、入学を決めました。入社を断ってから、たしか3日後のことです。

10万円
スクールの費用
1か月・通い放題(2016年当時)
30日
スクールで学んだ期間
入社を断った3日後に入学
16時間
1日にプログラミングした時間
30日間、ほぼ毎日

そこから30日間、ほぼ毎日16時間、ひたすらプログラミングをしました。何もわからない状態から、少しずつできることが増えていくのが楽しかったです。

卒業制作として、ポートフォリオになるアプリをつくりました。それを持って転職エージェントに相談したところ、あるベンチャー企業の CTO の目に留まり、すぐに面接になりました。社員30名ほどの会社で、最初の面接から CTO が相手でした。翌日には採用が決まり、翌週から働き始めるというスピード感で、怒涛の日々でした。

入社してみると、スクールで学んだことが現場では何一つ出てこなくて、学校と現場の違いに唖然としました。毎日のように怒られてストレスもたまり、編集者に戻りたいと思ったこともあります。もともと「ダメならライターに戻ろう」と思って飛び込んだ転身でした。それでも負けたくない気持ちと、恵まれた同僚に助けられて、なんとか乗り越えました。

これまで、どんな会社で働いてきた?

編集者からエンジニアに移ったあとも、自分のやりたいことを追いかけて会社を移ってきました。編集の会社で2社、エンジニアとして5社、合わせて7社です(転職は6回)。年ごとに並べると、次のようになります。

  1. 2012

    神戸でライター・編集アシスタントに

    神戸の小さな編集プロダクションで、雑誌やフリーペーパーの取材と執筆を始めました。1年ほどで東京の編集プロダクションに移り、編集やライティング、イベントの企画に関わりました。

  2. 2016

    Webエンジニアに転向

    スクールを経て、社員30名ほどの会社にフロントエンドエンジニアとして入りました。自社サービスの機能改善やA/Bテストの運用を担当し、その後の2社では、ECサイトのLP開発や、外国籍のエンジニアと英語でやりとりしながらの開発も経験しました。

  3. 2019

    福岡に移住

    旅行で何度も訪れて好きになった福岡に移り住み、Webサービスの会社に入りました。自社メディアとECサイトのリプレイスを担当し、ここでShopifyと深く関わり始めます。

  4. 2022

    外資メーカーで社内ただ一人のエンジニアに

    東京に戻り、外資メーカーで社内ただ一人のエンジニアとして、ShopifyのECサイトの構築と改善を担当しました。CVR改善の責任者も任され、入社から3年でECの売上を10倍に伸ばしました。

  5. 2026.01

    Pepinを開業

    2026年1月5日に、個人事業としてPepinを開業しました。このときはまだ会社に勤めていました。

  6. 2026.03

    会社を辞めて専業に

    2月末で会社を辞め、3月から専業になりました。同じ3月に、最初のShopifyアプリ「まるっと予約」をApp Storeで公開しています。

会社員をやめて独立したのはなぜ?

転職を重ねるなかで、会社員として働いている以上、どうしても不満はつきまとうと感じるようになりました。自分がつくりたいサービスをつくり、一緒に仕事をしたい人たちと働きたい、という気持ちが強くなったのが、独立のきっかけです。

独立を決める前に、尊敬する岡本太郎の『自分の中に毒を持て』を読み返したことも、背中を押してくれました。

会社員のころより自由なのはもちろんですが、安定した収入はありませんし、不安になることもゼロではありません。お金の管理のことは 独立してからのお金の管理 に書いています。

それを差し引いても、毎日が本当に楽しいです。専業になってまだ7か月目なので言い切れませんが、いまのところ独立はわたしに向いているようです。両親は2人とも会社員ですが、祖父母は皆商売人で、血を引いてるのかもしれません。

大事にしていることは何?

わたしは文系出身で、転職も引越しも多く、いわゆる安定したキャリアではありません。それでも1つ、信念として持ち続けているのが 「自分に嘘をつかない」 ということです。

自分に嘘をついて生きる人生は、送りたくありません。独立して、その気持ちがより強くなりました。そこにはリスクがともないますが、リスクも楽しんでいます。どうせ人はいつか死ぬので、自分に正直に生きていこうと思います。

独立の前に読み返したその本から、1文だけ引かせてください。

挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままでオリてしまったやつには新しい人生などはない。

岡本太郎

出典:岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社)

わたしのやりたいことで世の中に還元できるよう、邁進していきます。

独立してから、1日をどう過ごしている?

1人で開発と執筆をする1日のイメージ

専業7か月目のいまの1日は、だいたい次のとおりです。朝8時に起きて、24時半から25時のあいだに寝ます。作業時間は1日10〜12時間です。

8:00
起床
2026年9月時点
10〜12時間
1日の作業時間
ツールで測った数字ではなく、体感です
24:30〜25:00
就寝
2026年9月時点

起きたら、まずシャワーを浴びてコーヒーを飲みます。

午後は家を出て、30分ほど歩いてカフェか図書館に行き、19時ごろまでそこで作業します。散歩はもともと好きです。

運動は1日おきに20分ほど、筋トレをしています。ごはんは基本的に自炊で、白米がいちばん好きです。料理は好きなのに、いっこうにうまくなりません。レシピを調べないからだと、自分でもわかっています。

会社員をやめると生活が不規則になりがちといわれますが、わたしは身体が資本だと思っているので、会社員のころより睡眠・食事・運動に気を配るようになりました。

いまは何をしている?

いまは、日本の Shopify ストア向けのアプリを、AI のコーディングツールと一緒に1人でつくっています。企画から設計、開発、審査、問い合わせの対応まで、ぜんぶ自分で回しています。

AI に何を任せて何を任せていないかは AIとShopifyアプリを個人開発 — 任せること、任せないこと に、まるっと検索の中で動いている検索エンジンの話は Rustで日本語の検索エンジンを1人で自作した話 に書いています。

2026年3月から4月にかけて6本を公開し、需要が小さかった2本は7月に提供を終えました。2026年9月時点で提供しているのは、次の4本です。

出典:まるっと予約 / まるっと検索 / まるっと請求書 / まるっと売上ランキング(Shopify App Store の公開日)

4本まとめては、Shopify App Store のアプリ一覧 から見られます。

最初のアプリを申請から公開まで通した記録は Shopifyアプリ申請から公開まで30日 に、審査で差し戻され続けた話は アプリ審査の記録 に、まるっと予約を公開した最初の月の振り返りは 公開初月の学び に書いています。提供を終えた2本のことは 伸びなかったプロダクトの話 にまとめています。

Shopify アプリのほかに、コスプレ衣装・ウィッグ・小道具などを売り買いできるマーケットプレイス COSMA も運営しています。Shopify まわりの EC 支援もしています。

独立してからの働き方やお金、個人開発の現実は、YouTube チャンネル「SHIN | 1人で事業をつくるソロプレナー」でも話しています。

→ SHIN のプロフィールを見る

よくある質問

東京の編集プロダクションで働きながら Java を独学し、会社を辞めてから、プログラミングスクールで30日ほど、ほぼ毎日16時間学びました。卒業制作のアプリを持って転職エージェントに相談し、CTO の面接の翌日に採用が決まっています。エンジニアとして働き始めたのは2016年です。

わたしは文系出身で、エンジニアとしては未経験から入りました。働きながらの独学と30日間のスクールを経て、2016年に社員30名ほどの会社に採用されています。ただ、入社してからはスクールで学んだことが現場ではほとんど通用せず、毎日のように怒られながら覚えていきました。

わたしが通ったスクールは、2016年当時、1か月10万円で通い放題でした。その30日間、ほぼ毎日16時間プログラミングをしていました。

7社です(転職は6回)。編集の会社で2社、エンジニアとして5社で働きました。2026年1月に Pepin を開業し、2月末で会社を辞めて、3月から専業になっています。

1日10〜12時間です。ツールで測った数字ではなく、体感です。朝8時に起き、午後は30分ほど歩いてカフェか図書館に行って19時ごろまで作業し、24時半から25時のあいだに寝ています。

日本の Shopify ストア向けのアプリ「まるっとシリーズ」を1人でつくっています。2026年9月時点で提供しているのは、まるっと予約・まるっと検索・まるっと請求書・まるっと売上ランキングの4本です。ほかに、コスプレ特化型のマーケットプレイス COSMA も運営しています。

この記事は、Shopify予約アプリ「まるっと予約」の開発者、大島慎平(SHIN)が書いています。

ソロプレナーキャリア独立エンジニア自己紹介
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大島慎平(SHIN)

この記事の執筆者

個人開発者 / ソロプレナー

日本のShopifyストア向けアプリ「まるっとシリーズ」を、AIのコーディングツールと一緒に1人で企画・開発・運営しています。書籍編集者からWebエンジニアに転じて約10年。YouTubeでは、1人で事業をつくる過程を話しています。

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